いい男になりたい

先日都内某所の蔦屋書店に立ち寄り、そこのエンタメコーナーをぶらぶらしていた時に、センスの塊のような音楽雑誌が目に入った。普段なら眩しすぎて手にも取らないが、その時つい見入ってしまったのは、表紙があまりにも魅力的だったからだ。

その表紙を飾っていたのが、星野源だった。

星野源といえば、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』に出た後くらいからメキメキと魅力を磨き上げ、年を重ねた人間の重みと、本来の彼のポップさを両立させた、めちゃめちゃ「いい男」に成長したように感じる。逃げ恥という大ヒットドラマに出演し脚光を浴びることで、練磨された部分もあるかもしれない。人から見られるというのは、良くも悪くも人間に多大なる影響を与えるなあと思う。昔はギター抱えた素朴な青年だったのに、世間の注目が彼をここまでのポップスターに駆け上がらせた。

そんなセンスの塊の星野源のアー写をみて、私は思わず

「いい男！こうなりたい！」

と思ったのだった。

私は20代女性だが、「いい女」になりたいとは思わない。いい人間になりたいし、できればいい男になりたいと思ってしまう。

これは私がトランスジェンダーだという話ではない。私は身体的な性も自認する性も今のところ女性だ。ここでは、性別の話ではなく、言葉の印象の話をしたい。

「いい女」と言われた時、パッと思い浮かぶのはどんな女性だろうか。

豊満な体つきの色っぽい女性。性的魅力のある女性。男性を立てることができ、愛想が良くて、男性にとって（都合が）いい女。「いい女」という言葉が男性の口から発せられることが多いこともあって、その言葉には「男性から見た理想の女性像」が含まれている。

一方で、「いい男」という言葉。これは個人の感覚かもしれないが、「いい女」ほど性的な意味を感じない。

なぜだろう。

ひとつは、女性から男性に向けられる眼差しに性的要素が少ないのかもしれない。

例えば、女性が男性アイドルを愛でる時、顔や、せいぜい背が高いとかスタイルがいいとかのざっくりとした体つきを注目する。それに対して、男性が女性アイドルを愛でる時、顔やスタイルの良さに注目する人もいるだろうが、胸やお尻の他、自分のフェティシズムを刺激される体の部位に注目し、多くは性的消費をするんじゃないか。

ここに、女性と男性で、お互いの視線における非対称性が表れているように感じる。

そもそも、社会全般において男性と女性の扱いに差があることに原因があるかもしれない。

人間の代表は男性だとして作られている制度は非常に多い。権力は男性側にあるし、女性の持つ妊娠出産、月経などは身体のイレギュラー的要素として扱われる。特に労働の場面ではこの傾向は顕著ではないだろうか。健康な男性を基準に制度が作られているから、妊娠をきっかけにドロップアウトせざるを得ない女性は多いし、月経による苦痛に耐えながら仕事をしないといけない場面も多い。人間の代表的な形として、片方の性を挙げているから、もう片方の性に皺寄せがいっている。

人間と男性がニアリーイコールと想定されているから、「いい男」には「いい人間」と同じニュアンスが含まれているように感じる。それに対して、「いい女」には、男にとって都合のいい道具、性的に消費して良いものというニュアンスを感じる。人間＝男性＞女性という公式が、「いい女」には含まれているように感じるのだ。

だから私は、「いい女」は目指したくない。男性にとって都合のいい生き物になんかなりたくない。

しかし、だからといって「いい男」を目指すのは違うのかもしれない。それは「いい女」側に残された同志達を切り捨てて、自分だけ既得権益層に寝返るような居心地の悪さが残る。

本当に目指すべきは、男性と女性における、互いの視線の中の非対称性を是正すること。権力の公式を、人間＝男性＝女性に改善し、胸を張って「いい女」を目指せること。

単なる言葉狩りでは済まない、根深い問題がここには横たわっている。

星野源は『不思議』発表あたりで、ネイルをしたりイヤーカフをつけたりと、今まで男性がしてこなかったファッションにも挑戦している。これくらい軽やかに性別の壁なんか飛び越えられたらいいのに。